自閉症スペクトラムと共感力について

つい先日、現在小2になる息子が、私のちょっと辛い思い出話に泣いてくれた瞬間が遂に到来しました!

あまりに嬉しかったので、今回は、自閉症スペクトラムと共感力について、改めて考えてみたいと思います。

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共感力とは

「共感力(empathy)」は、他者を理解する心の働きです。

この共感力を獲得することで、他者理解と向社会性を育み、さらには、思想・信条・言語・身体的特徴などを異にするグループの人たちとも関わり合いながら共に生きていく力(共生力)を育むことができます。

このように、共感力は、社会の一員として生きていくうえで非常に大切な能力ですが、子供はみんな共感力が低く自己中心的であることが当たり前ですよね。そんな子供も、幼児期から学童期、青年期と成長するに伴って、共感力が身に付き、レベルアップし、コミュニケーション能力や社会性を高めていきます。

一方で、自閉症スペクトラムの人は、

共感力」が欠如しているために他人の感情を理解しにくい、あるいは、
そもそも自分以外の他人の存在を認識しにくい特性を有することから、自分の感情と違う感情(心)があることに気付きにくく、「共感力」の獲得が遅れる

という言われ方をよくします。

実際、幼い年齢を考慮に入れてもあまりに自己中心的に見えていた息子(軽度自閉症スペクトラム)を育てながら、私は息子の「共感力」は低いものと勝手に思い込み、子供の社会性を育むためにも「なんとか共感力を身につけさせたい」という願望を強く持っていました。

ですが、その低い「共感力」とは何に対する何のことを言っていたのでしょうか…

私自身の頭の中を整理するためにも、そもそも「共感力とは何か」について調べ、あらためて考えてみました。

「共感力」には2種類あると言われています。

一つが、情動的共感力。もう一つが、認知的共感力です。

情動的共感力とは

情動的共感力とは、

楽しそうにしている人を見れば自分も楽しくなる
悲しそうな人を見れば自分も悲しくなる(もらい泣きする)
辛そうな人を見ればつい助けたくなる

というように、相手の感情に反応して同じような感情が沸き上がってくるときの共感力です。意識的か無意識的かを問わず、他者と自分を重ね合わせて感情移入するときの共感力なので、他者の状況と自分の経験・状況との間に共通点があることがベースとなり、あくまでも自分の性格・知識・経験などを尺度として心(感情)が刺激されて生じる共感と言えます。

(よく似たものに共鳴、共振がありますが、これは、心を介さずに感じ取る点で、情動的共感力とは区別されます。例えば、危険が迫っているときの周囲の切迫した雰囲気、怒っている人から伝わる殺気だった雰囲気、笑っている人から伝わる愉快な雰囲気などは、共鳴・共振の働きによって、人の心や感情というものに気付いていない赤ちゃんにも感じ取ることができます)

この情動的共感力は、脳の中のミラーニューロンが関わっていると言われています。

ミラーニューロンとは、他人の動きや感情を知覚したときに、まるで鏡で写し取るように自分も同じような動きをしようとする、あるいは、同じような感情を抱いてしまうときに働く神経細胞です。このミラーニューロンが機能することで、人は、言葉を習得し、生活上のあらゆる技能を習得していくと言われていますが、他人の行動の裏にある意図や感情を感じ取るときにも機能しているようです。

認知的共感力とは

認知的共感力とは、他人の心の内容(知識・感情など)を他人の立場で推測する力のことを言い、「心の理論」という言われ方をされることもあります。

情動的共感が「心で感じ取ること」であるのに対し、認知的共感は「頭で理解すること」という言われ方もします。

他人が置かれている状況や、他人が知っている知識、他人の性格などを考慮して、「自分は違うけれども他人の立場ではどうなのか」というように他人の心の内容(感情・知識・意図・信念など)を推測する力です。

そのため、この認知的共感力を獲得することで、共感の対象は、自分と共通点の多い身近なグループから、会ったこともない別世界のグループへと飛躍的に広がっていきます。

自分の心とは切り離して推測する必要があるので、この認知的共感力を獲得するためには、大前提として次のような能力を備えている必要があり、求められる発達レベルは情動的共感力よりも高いと言えます。

  1. 自分の心とは異なる別の心が他人に帰属し、同じ状況にあっても自分とは異なる心の内容をもつ他人がいることを認識できている
  2. 自分の心から切り離して他人の心を推測するために必要なワーキングメモリの機能が発達している
  3. 他人が置かれている状況や、他人が知っている知識を理解するために、ある程度の論理的思考力がある

この認知的共感力を獲得しているか否かを判断する手段として、心の理論の誤信念課題がよくつかわれます。

<サリーとアンの課題>

サリーはボールをおもちゃ箱に片づけ、部屋を出ていきました。その後、部屋に入ってきたアンは、おもちゃ箱に入っているボールをみつけ、戸棚に隠し、部屋を出ていきました。その後、部屋に戻ってきたサリーは、ボールを取り出すためにどこを探すでしょう。

※自分の持っている知識を必ずしも他人は持っていない、自分の心の内容と他人の心の内容は異なるということを理解できるかどうか、がポイントです。

※定型発達児の場合、4歳~5歳ころには正解(「おもちゃ箱の中」)を答えられるようになると言われています。

<ジョンとメリーの課題>

ジョンとメリーが公園で遊んでいました。ジョンは、公園の屋台でアイスクリームを買おうとしますが、お金を持っていないことに気付きました。すると、アイスクリーム屋さんが「今日はずっと公園にいるよ」と言ってくれたので、ジョンは家にお金を取りに帰ります。ところが、アイスクリーム屋さんは気が変わり、「やっぱり駅前でアイスクリームを売ろう」と言い、駅前に移動を始めました。それを見ていたメリーが、そのことをジョンに知らせるためにジョンの家に急ぎました。一方、家からお金を持ってきたジョンは、公園に戻ると途中でアイスクリーム屋さんと出会い、駅前に屋台を移動することを知りました。その頃、ジョンの家に着いたメリーは、ジョンのお母さんから「ジョンならさっきお金を持って家を出たわよ」と言われました。メリーは、ジョンが何処に行ったと思ったでしょう。また、それは何故でしょう。

※「『Aはこう考えている』とBは考えている」という入れ子式の他人の心の内容を理解することができるかどうか、またその理由を説明できるかどうかがポイントです。

※定型発達児の場合、6~8歳で正解(「公園」)を答えられるようになると言われています。

ただし、この誤信念課題を使った検査は、言語能力に依存した部分が多いため、課題をクリアできなかったとしても、「心の理論」を獲得できていないためにクリアできなかったのか、言語能力の発達に遅れがあったためにクリアできなかったのか、その線引きが難しいという問題も指摘されています。

自閉症スペクトラムの共感力

では、自閉症スペクトラムの人はどの共感力に問題があるのでしょうか。

情動的共感認知的共感とでは、脳の中の主な神経基盤が異なります。

情動的共感は、前帯状回、島、偏桃体などが関与しています。
認知的共感は、腹内側前頭皮質、側頭・頭頂結合部などが関与しています。
(一方、ミラーニューロンシステムは、情動的共感に関与していると書きましたが、実は共鳴、共振や認知的共感にも関与しています。)

そして、少なくとも軽度の自閉症スペクトラムの人が持つ共感力については、次のような特徴があると言われています。

  1. 情動的共感力が低い人の割合が定型発達の人に比べて多い。
  2. 情動的共感力を獲得している場合でも、認知的共感力が低い、あるいは、認知的共感力の獲得に遅れが出やすい。また、獲得したこれらの共感力は、定型発達の人に対しては働きにくく、同じ自閉症スペクトラムの人に対して強く働く。
  3. 心がシンプルで分かりやすい動物や虫、あるいは心をもたない物や自然風物に対して強い情を抱きやすい。
  4. 心を理解する共感力(empathy)とは異なるが、心を介さない共鳴や共振(sympathy)の力に優れている場合が多い。

(この4つの特徴は、息子にぴったりと当てはまっていました。)

情動的共感力が低い人の割合が定型発達の人よりも多いのはなぜ?

理由は二つ考えられると思います。

一つは、自閉症スペクトラムの人は、生来、自他分離が曖昧なので、自分の感情と他人の感情の区別がつきにくく、自分の感情と同じものを他人も持っていると感じてしまいやすい特性を有しているためです。自分の心とは別の心が他人にあることに気付くまで情動的共感力は芽生えないはずです。

二つ目は、自閉症スペクトラムの人は、自分の感情を感じ取りにくい人、つまり、失感情症(アレキシサイミア)の人が多いことと関係していると思われます。

失感情症とは、自分の感情に気付きにくく、自分の感情を言語化し内省することが困難な状態を言います。

自閉症スペクトラムの子供は、自他の区別が曖昧なため自我の形成が遅れがちですが、そこに、感覚統合の問題や、言語能力獲得の遅れなどが絡んでくると、自分の感情を感じ取り言語化して意識に上らせることが困難となる、あるいは、その能力獲得に遅れが出やすくなるのではないでしょうか。

自分の感情を自分で認識することが難しい限り、自分の感情をベースにして他人に感情移入することも困難となるはずです。

事実、失感情症の人は、他人への共感力が低いという特徴が指摘されています。また、余談ですが、自分のなかで内省して感情を処理することが難しいために、耐ストレス性が低く、外的刺激に反応しやすくなる、つまり、衝動性が高くなる、とも言われています。

認知的共感力が低い、あるいは獲得が遅れるのはなぜ?

それは、やはり前頭葉の機能障害と関係があるのではないでしょうか。

認知的共感力を獲得するには自他を分離して自我が芽生えている必要があり、他者を理解するための洞察力も必要となります。自分の心とは切り離して他人の心を推測するわけですから、それに必要な客観的視点、多角的視点、思考力、想像力、記憶力、ワーキングメモリなどの認知機能、つまり前頭葉の発達は不可欠だと考えられます。また、あるレベル以上の言語能力(特に内言)の獲得も重要だと思います。
(言語を持たないサルも「欺き行為」を行うことから心の理論の一部を獲得しているという説があるようですが、複雑で高度な認知的共感力を獲得していくにはやはり言語能力が必要と思われます。)

定型発達の人への共感力が低くなるのはなぜ?

それは、自閉症スペクトラムの人たちにとって、定型発達の人達は異なるところが多すぎると感じるからでしょう。あるいは、幼少期から、注意されたり叱られたりすることが多すぎると、周りの大人(定型発達)に「同じ人間」などという仲間意識や同類意識を持ちにくいのかもしれません。

人は誰しも、自分と似た仲間には強く共感しますが、自分との違いが多いグループにはなじめず、共感もしにくいものですよね。相手のことを「自分よりも強い」「上回っている」と感じたり、「自分たちと感覚が全く違う、相容れない」と感じたとしたら、共感しようという意欲も減退するはずです。

もちろん、自閉症スペクトラムの人は、軽度であれば、自分に心があり、他人には別の心があることに気付くことが多いのですが、そもそも、既に触れましたように、自分の心(感情)を把握することが苦手な場合も多いので、人の心を操ったり推測することは決して容易な作業ではないはずです。

そのような自閉症スペクトラムの人にとって、同じような感覚をもつ自閉症スペクトラムの人や、心のあり様がシンプルで直観しやすい動物や虫、さらには、心がないはずの人形や物、自然風物には感情移入しやすい一方、理性的で心を複雑に操れる定型発達の人のことは「別世界の人」という感じで共感しにくくなるようです。

この点について、「自閉症スペクトラムの精神病理-星をつぐ人たちのために(内海健著)」に次のような記述があります(ただし、この本はあくまでも青年期・成人期のASDについて記述されたものです)。これを読んだとき、息子の特徴に酷似していたので、息子の心を垣間見れた喜びと同時に、息子との間に大きな溝が横たわっているとも感じたものでした…。

あるASDの会社員は、野良猫といるときが、一番心が安らぐという。・・・(中略)アスペルガーの示した例では、親や弟には冷酷な仕打ちをしながら、二匹の白ネズミを飼って、やさしく世話をして、それがどの人より好きだといっていた少年がいる。(P.128)

あるASDの男性は、人の気持ちはわからないが、店で見向きもされないぬいぐるみが置いてあると「かわいそう」と感じる。人間はというと「理性を持った強い存在は勝手にやってくださいという感じです」という。(P.130)

自閉症スペクトラムの子供の共感力を引き出すには?

ここからは、息子(小2)の今まで成長過程を踏まえ、軽度の自閉症スペクトラムの子がどのように共感力を獲得していくのかを私なりに考察しながら、共感力の引き出し方について考えてみたいと思います。

軽度自閉症スペクトラムの人は、幼少期など発達初期のころは、既に触れましたとおり、自分の心と他人の心を分離できず、自分の心の内容(知識や感情)と同じものを他人も持っているはずと考えてしまう特性があることにより、あるいは、自分の感情を感じ取り言語化することに困難がある失感情症(アレキシサイミア)の傾向があることにより、情動的共感力の獲得にも遅れが出やすいのかもしれません。(ただし、心を介さないsympathyは殆どの場合持っているそうです。また、心を持たない人形や物への情は、自己と対象物との区別がつかない一体感の中で持ち始めるようです。)

ですが、やがて自閉的世界を出たり入ったりしながら自他分離が少しずつできるようになります。そして、自分の心とは別の心が他人に帰属することに気づき始めると共に、自分の感情を感じ取って意識に上らせることができるようになる頃から、自己投影しながら他人の心を理解する情動的共感力を得るようになるのではないでしょうか。

そして、さらに発達が進み、同じ状況にあっても自分の心の内容と他人の心の内容とが違う場合があることを認識できるようになる頃から、他人の心を頭で理解する認知的共感力を得るようになるのだと思います。

他人を騙すためのウソをついたり、他人との約束を守ろうとする場面(結果として守れないとしても、守ることの大切さに気付いてくる)が出てくるのも、認知的共感力を獲得し始めるこの頃だと思われます。

このように、軽度自閉症スペクトラムの子供が、定型発達の子供より遅れるとしても情動的共感力と認知的共感力を徐々に得ていくケースが多いのは、ある程度の言語能力を身につけ、様々な人と顔を合わせ会話する経験を経ながら、自我前頭葉をゆっくりとでも成長させていくからではないでしょうか。

つまり、共感力の獲得は、自我形成前頭葉の発達と切り離せない関係にあると思われるので、自我形成と前頭葉活性化を促す次のようなアプローチが共感力獲得までの時間を短縮させるカギになると思います。(前頭葉活性化アプローチについてはこちらの記事もご一読ください⇒「軽度発達障害児の脳(前頭葉)に働きかけるときのポイント」)

  • 視線を合わせた会話(合わせられない場合は共同注意など)
  • ボディイメージを強化する運動
  • 寄り添いや共感の言葉かけ(特に、子供の心情や客観的状態を言語化してフィードバックすることが大切)
  • ワーキングメモリを高める
  • 客観的視点、多角的視点に気付かせる

特に、視線を合わせた会話やボディイメージを強化する運動は、自他分離を促し子供の自我を形成していくうえで非常に大切な働きかけです。視線を合わせられない場合は、子供が見ているものを一緒に見て、子供が楽しんでいるもので一緒に遊ぶ「共同注意」を繰り返すことで、自我形成の突破口が開かれてくると思います。

また、子供の心情や客観的状態を言語化してフィードバックすることは、子供が自分の感情や状態を感じ取って意識できるようになるためのトレーニングを兼ねるので、共感力獲得への第一歩を踏み出させるために欠かせない働きかけとなります。例えば、「〇〇だから嫌だったんだね」「〇〇が◇◇だから嬉しかったんだね」「笑っているけどすごく辛そうに見えるよ」など。同じような効果は、日記などでセリフモニタリング(自己振り返り)を促すことでも得られます。

そして、このような働きかけは、自閉症スペクトラムの人たちの限定的な共感力を広げていくこともにも効果がありそうです。

つまり、自閉症スペクトラムの人たちの共感力を、同じ自閉症スペクトラムの人達や、動物、虫、物、自然風物などに限定されていた状態から、定型発達者に対しても発揮されるように引き出すには、身近にいる親たち(おそらく定型発達者)が、共感や寄り添いの言葉かけを繰り返すことで「自閉症スペクトラムの人たちと共感できる人」「仲間・同類・味方」であることを態度で示し続ける必要があるのではないでしょうか。

従来より、発達障害者と接するときは共感寄り添いが大切だとよく言われていました。私自身も「共感と寄り添いの言葉で子供のセロトニンを増やし前頭葉を活性化しよう…」といった内容をこのブログでも書いてきました。ですが、そのことは、自閉症スペクトラムの人たちの共感力の対象を同じ自閉症スペクトラムの人たちのグループから外部の定型発達者にまで広げてもらうためにも必要なアプローチだったのだと気づきました。

そして、そのような接し方を心がければ、実際に、自分の感情や状態を言語化することに難があり、人形や物にばかり強い情を示していた軽度自閉症スペクトラムの息子が、母親である私に情動的共感を示して涙を流してくれるようになったのです。病気の祖母に対して認知的共感を示す場面も出てきました。

もちろん、これは、子供自身が持つ自然な成長力によるものかもしれませんが、最近の息子の激変ぶりを示す一例であることに違いありません・・・

今回は以上になります。

長い記事を読んでいただき本当にありがとうございました。次回の記事では、息子がこのような共感力を獲得するまでの過程を具体的に振り返ってみたいと思います。

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